謹賀新年
2015年、よいお年を!
細かい日程のアップデートではなく、
まとめ的な報告ブログになりつつある。
激動の日々が落ち着いたら、また細かく書けるようになるかしら!
研究室のHPが更新されたのでご紹介です
http://www.tuat.ac.jp/~dorothea/
本当は、写真による「研究紹介」も変更したいが、
それはまた3月以降に回して、
今回はメンバーと研究展開の更新。
メンバーは4月にまた変更となる。
懸案だった土壌肥料学会の英語版HPもようやく完成。
知る人ぞ知る、わたしのHPとの類似性。。。
簡単にいいものをとなると、型が同じになるのは仕方がないのだ。
http://jssspn.jp/Eng/index_eng.html
あけましておめでとうございます。
ブログをなかなか更新することができないまま新年を迎えてしまった。
オーバーブッキング(トリプルはざら)で、
複雑な境地を余裕を持って書くことができない状態が続いてしまったのだ。
「敵は数えない」というナポレオンのモットーで、
やったことを敢えてあげつらいたくない気分だった。
さて、昨年のぼやきは古い年においておいて、
新年、恒例の標語。
2012年は「仕切り直し」。
昨年の標語は奇しくも「絆」だった。→リンク
その通り、昨年は絆を深める1年となった。
今年は、仕切り直しの年としたい。
日本の復興という社会情勢もあるが、
個人としても、人生でなかなかない変革の年になるだろう。
学生時代は、卒業式や入学式などといった
形式張ったものを毛嫌いして、ちゃんと参加していなかった。
大学で学生さんたちを送り出す側になって、
そのような区切りを祝う大切さを実感したものだ。
今年は年女でもあるし、
形式的にも実質的にも仕切り直しを打ち出していこう!
モザンビークからは無事戻り、
冬学期に入って、大学の日常が戻っている。
海外出張も日常だけど、
かといって、飛び回ってばかりいては
情報とサンプルの山に埋もれてしまう。
研究室の体制も整える必要があり、
当面は自分に外出禁止令(国内は可)を出して
足元固めに励んでいる。
実験室の大掃除と引っ越し、
新入生の勧誘、皆との議論…
学内の国際戦略にまで足を突っ込み
大陸間を移動しなくても十分刺激を受けている。
恐れている「暇」とは当面おさらばしたようだ。
※嫌いなものは「ぼーとすること」とは、もうしばらく言えない。。。
さて、モザンビークにいる時、
土壌の文化論を読んでいて、映画に出てくる「土」の場面をいろいろ読んだ。
「風と共に去りぬ」から、「ブラッド・ダイヤモンド」まで、
さまざまな場面で、土壌学者をハッとさせる場面がある。
ブラッド・ダイヤモンドは
ブラット・ピット出演のシエラオネの内戦に関する映画。
「この赤い土は、この土地を守った人の血が染み込んで赤くなった」
というセリフが後半の場面とつながり意味深で、
マプトでロケが行われたということも読んで、
これは見ないとと、思っていた。
帰国後見て、お勧め映画であると実感。
ただし重い。
最も印象に残っている映画
「遠い夜明け」や「砂漠の行進」につながる。
どちらも1回しか見たことがないが、
場面場面を鮮明に覚えており、内容を時々思い返すものだ。
ブラッド・ダイヤモンドは、
初めの場面で、ここがロケ地だったんだよ、と言われた場所や風景が
鮮やかになって画面に映り、
おどろおどろしい市街戦も目をそらさずに見れた。
西アフリカのシエラオネと南アフリカのモザンビークとは、
かなり様子が違うだろうに、映画では違和感がない。
(現地を知らず「アフリカ」とひとくくりに眺めているためか。。)
「砂漠の行進」と似ているのは女性ジャーナリストの存在。
恐怖を知らず、紛争地で「真実」の取材にあたり、
「被害者」しか報告できないのにやきもきしている。
できることは、結果を知らせるだけ。
解決はできない。
事実も知らず、
でかい(紛争)ダイヤなんて身につけるのは
まっぴらごめんと思いつつ、
知らず知らず、紛争に加担していることはあるかもしれない。
いや、このこんがらがった政治経済の中、
絶対あるだろう。
モザンビークも十数年前までは内戦状態。
あの映画のように血が流れた場所を歩いてきたんだと思うと、
何とも言えない。
土壌サンプルで私は肥沃度を測ろうとしているだけなんだけど。
英雄はいらない。
普通の人がふうつの事をできるだけ。
そういうのが平和なんだろう。
そういう意味で、「普通」の土壌サンプリングができたのは
ある意味、正常化の一環なのかもしれない。
ちょっぴり、
映画に出てきた
ジャーナリストのような気分かな。
表もないのに、いきなり裏話で恐縮だが、
正論はいずれ学会発表や論文になるのを待ってもらうことにして、
表には出ない海外事情を。
初日のスタートダッシュの後、
乗ったとたんに動かなくなった車や
なにやらの理由で来ない同行者や、
治安上の理由でホテルにいる時間が無駄に長かった。
ネットは断続的につながり
パソコンでの仕事は進んだが、
掃除のおばさんに、身振り手振りで、
外に遊びに行きなさいと言われ、苦笑いする日々だった。
(だって、待ってるんだもん!)
町は遠目には近代的。
JICA事務所は最もきれいなビルに入っている。
足元は・・・。
バスは東京の通勤ラッシュも顔負けのぎゅうぎゅづめ。
トラックにまで人がはみ出している。
交通は左側通行で、トヨタ車が幅をきかせ、
バスやトラックには日本語の表示が目立つ。
郊外には川間際まで小屋が立つ。
潮の満ち引きでほとんとつかりそうになっている。
雨季はどうなることか。。。
川から離れたところでは
水を運ぶ人は川と家を行ったりきたり。
女性・子供の仕事であることは今も変わらない。
(手伝う男はヤワだと陰口をたたかれるそうな)
カメラを向けるのがためらわれるのだが、
ほとんどの人は、人懐っこく、
「ボマ(?、おばさん?!)こっち!」と、
写真を撮ってと手を振ってくる。
↓アリゲーターが出るという川で。(気をつけてね!)
泳いで洗濯して料理に使う。
とにかく、実感するのが格差とちぐはぐ具合。
モザンビーク料理は道端か観光スポットでしかみかけず、
お土産屋さんの料理はどこも一緒。
そんなはずはない、と思うのに。。。
↓定番マタパ(キャッサバの葉+エビ)とシマ(トウモロコシのムース)
トウモロコシは主に雨季に作るそうだが
乾季にも作るそうだ(誰もが作りたがる作物No1)。
こんな小さなものでもちゃんと実がなっていた。
調査対象は野焼きの草地。
↓ジンバブエ国境際の野焼きの雲。
数km先だけだったか、国境を越えなければいけないとのことで近づけなかった。
手前はダム湖。黒いホースは、裕福な農家のかんがいホース。
野焼きに否定的な観点から入ったのだが、
草の再生状況は驚異的。
野焼きのない状況より、元気な新芽が見られる。

しかし、火の管理は難しく危険であり
アロエ林の保護区にも火の手が及ぶ。
アロエは人の背丈より高く、不思議な風景だった。
突然出てきたヘビ。
毒蛇だそうで、その奥の調査は中止。
博物館に所狭しとならんだ動物の中から
少なくとも1つは見れた!
ちなみにこの展示、
想像力がものすごく豊かだった。
(説明はほとんどなかったけど)
例1)
例2)
いろいろやるべきことが見えたような、
分からなくなったような。
Author:木村園子ドロテア
研究活動(+周辺)記録
@東京農工大学
リンクのHPもご覧下さい。